エモーショナルの向こう側

思いの丈をぶつけに来ます

『貴方なら生き残れるわ』を観てから三日が経って、改めて考えたこと、めも


11月24日(土) @彩の国さいたま劇場 小ホール
劇団た組。第17回目公演

『貴方なら生き残れるわ』
作・演出◎加藤拓也

音楽・演奏◎谷川正憲(UNCHAIN

を観てきた。

 

きっかけは出演者の鈴木勝大さん。完全に『岸 リトラル』のときと同じ流れだ。

あらすじを読んだときから予感はしていたが、観劇しながらぼろぼろ泣いた。劇場を出てからも一人では抱えきれないくらいのぐじゃぐじゃな感情をどうにかしたくて必死にスマホのメモに書き留めたが、あまりにいろいろ剥き出しになりすぎたので、ここに投稿するのはやめた。

 

観劇から三日経って、改めて自分の一次感想を読み返してみたら、主人公についてほとんど触れていなくて我ながらびっくりした。なぜそういう感想になったのか考えてみると同時に、改めて観劇して感じたことを書き留めておこうと思う。

 


以下、ネタバレというか読む人も観劇した前提で勝手に語ります。

 

物語は、主人公の松坂が高校の体育館に入ってくるところから始まる。
「訪れる」でも「やってくる」でもなく、「入ってくる」と表現したくなるのは、本当に松坂が「体育館」に「入ってきた」と感じたからだ。
半円状の客席に囲まれたフラットな舞台空間に描かれたバスケットコートライン。中央にそびえ立つバスケットゴール。
静寂に包まれたその空間に、松坂が表れた瞬間、そこは高校の体育館になった。
静まり返った夜の体育館に、松坂が入ってくる。あたりは不思議な緊張感に満ちていて、彼が日常的にここにいる人物ではないことが窺い知れる。
そっとバスケットボールを手にし、何度かついてみる松坂。
そこに、先生がやってくる。一気に場が和み、松坂がこの学校の卒業生であること、そして今は地元を離れていること、かつてはバスケ部に所属していたことが会話から明らかになる。
そして、先生に促された松坂が、躊躇いがちにシュートを打つ。と同時に、なだれ込んでくるバスケ部員たち。鮮明に蘇る高校時代。


松坂が、初めてこのバスケ部に来た日だ。


元々は野球部だった松坂は、クラスメイトに誘われてバスケ部にやってきた。未経験の松坂でも大丈夫なくらい、練習はゆるく、ほとんどが初心者。
決して強くはないが、部員の仲はとても良い。初対面からあだ名で呼ばれ、先輩とも下ネタで盛り上がったり、部活帰りにみんなでコンビニに寄ったりするような部活だ。顧問の先生も、放任しているようで、一人一人のことをちゃんと見てくれている。
野球部とは、何もかもが正反対。
バスケ部の練習の合間に、松坂は野球部でのことを思い出す。同級生から幼稚な嫌がらせを受けていたが、顧問は部員の話を聞こうともしなかった。野球で良い成績も出しているかもしれないが、部内の空気は悪く、松坂の他にも退部する部員は後をたたなかった。


野球部での出来事がややデフォルメされているように感じる一方で、バスケ部の空気は本当に自然でリアルだ。部活前にシューズの紐を結びながら他愛ない話に花を咲かせるあの雰囲気は、自分の高校時代のことを思い出して懐かしくなるくらいだった。「彼女ほしい」を連呼したり、童貞かどうかでからかったり、スマホを取り合ったりするあのノリも、いつかどこかで見たことのある景色と重なる。
登場する部員数は多いが、それぞれに個性があり、自然に顔と名前、性格が一致していく感覚も、自分が実際に部活に入部して少しずつメンバーを覚えていくようだった。


主人公は松坂だが、松坂以外の部員のエピソードも丁寧に描かれる。


むしろ、松坂が自分の思いを台詞としてはっきり語る場面はほとんどない。だが、松坂がバスケ部を居心地良く感じていることや、初心者ながら自分のできることを増やしていこうとする様子は、びしばしと伝わってくる。毎日、居残ってスリーポイントシュートの練習をする松坂。ゲーム形式の練習で少しずつシュートが決められるようになる松坂。野球部の部員と久しぶりに会って突っかかられても、冷静に対応することができる松坂。


他の部員たちも、それぞれに得意なこと・苦手なことがあって、少しずつ成長していくのがわかる。

 

中でも一際存在感を放つのは、先輩の吉住だ。キャプテンの彼は、初心者ばかりのバスケ部の中で一人だけずば抜けた技術を持っている。それなのにこんな弱小チームにいるのは、素行が悪くてバスケが強い学校には行けなかったからだ。バスケ部のなかったこの学校で、同級生で背の高い當座を誘い、バスケ部の顧問経験がある沖先生に頼み、一からバスケ部を立ち上げた。最初の一年間は3人だけで部活をしていたらしい。
私は次第に、この3人の物語に没頭していた。
大学から来たスカウトに「もっと強いチームにいれば…」「ここが最底辺」と言われて悔しい思いをする吉住。
勉強と部活の両立に悩み、周りと自分を比べて焦りを覚える當座。
授業準備が忙しく、思うように部活に参加できない中で、不安定な吉住の気持ちを受け止める沖先生。


最後のIH予選大会、1回戦の直後、當座は吉住に部活を辞めることを告げるが、吉住に引き留められ、思いとどまる。そして迎えた2回戦。格上の相手にチームは苦戦するが、最後の最後まで誰一人諦めずに食らいつき続けた。「辞める」と言っていた當座も、負傷したことを隠してでも試合に出続けることを選んだ。

 

私の一次感想は、ほとんどこの3人に関することで埋め尽くされている。


それは、決して主人公の松坂の影が薄かったからではない。では、なぜそうなったのか、自分では二つの要因があると思う。

 

まず一つは、この物語自体が松坂の目を通したものであったこと。
高校時代のエピソードは、すべて松坂の記憶だ。松坂が言われて印象に残っていること、目にしてずっと覚えていること。きっと、高校時代の松坂にとって、吉住はとても大きな存在だったのだろう。だから、吉住の言動は、松坂の心に深く刻み付けられており、IH予選に向けての"物語"が、吉住を中心に描かれる。そう考えると、吉住が部活を引退すると同時に、松坂も何も言わずに部活を辞めたことにも合点が行く。自分が"主人公"だと思っていた吉住の"物語"が終わってしまった。だから、自分がバスケをやる意味もわからなくなってしまったのではないだろうか。松坂自身が自分を"物語"の"主人公"だと思っていなかったのではないだろうか。
だとしたら、私の感想が吉住に関連したことばかりになるのも自然なことのように思える。

 

そして二つ目は、私にとって共感できるキャラクターが、吉住、當座、沖先生の3人だったということだ。
逆に言うと、主人公の松坂には、共感できることがあまりない。一番異なる点は、私は「何かをやめた」経験があまりないことだと思う。私は中学時代は吹奏楽部、高校からは演劇部に所属していたが、これも「吹奏楽部をやめた」というよりは、「吹奏楽部を引退してから、高校で新しく演劇を始めた」という感覚だ。むしろ吹奏楽は三年生の夏までやりきったので悔いはない。そして演劇は大学に行ってからも続けたし、就職した今も一日の半分は人前で話しているような職業なので感覚としては毎日演劇をやっているようなものだ。その他の趣味もいろいろあるが、好きなものはずっと好きなままだし、やりたいことも常に複数あるような状態で二十数年生きてきた。だから、終盤に松坂自身が吐露する内面には、客観的に心動かされはしても、共感や共鳴はしなかった。
おそらく、これは観る側の経験や感覚によるもので、中には他の部員に自らを重ねて"主人公"のように感じた人もいると思う。

 


印象に残っているシーンはいくつもあるが、共通するのは登場人物の生々しい感情が露になった場面というのことだ。
そして、観終わってしばらく経ってから作品のことを考えようとすると、自然と自分自身と向き合うような形になってしまうことに気がついた。
感想はその人個人の価値観に依るから、自分自身がある程度反映されるのは当たり前だと思うが、この作品はとくに、感想があっという間に自分語りになってしまう。

 


自分語りついでに正直な気持ちを書くと、たいへんおこがましいことだが、「加藤拓也さんの演出を受けてみたい」と思ってしまった。良い作品に触れたあとに「私も演劇やりたい」と思うことはよくあるが、こんな風に感じるのは初めてだ。丁寧に描かれる登場人物の内面と、実際にバスケをプレーするという不確定要素が、複雑に絡み合った作品だったから、どんな演出のつけ方をするとこんな舞台が出来上がるのか体感してみたい、という気持ちもある。

 


今回は一公演しか観ることができなかったけど、複数公演をいろいろな角度から観たら、また違う感想になるかもしれない。
とりあえず、劇団た組。さんの次回公演も是非観に行きたいなと思いました。


まとまらないので終わります!

 

 

※2020/04/12追記

『貴方なら生き残れるわ』がYouTubeに公開されたのを受けて、改めて観た感想を書きました。