エモーショナルの向こう側

思いの丈をぶつけに来ます

『ラ・ラ・ランド』鑑賞直後の覚書

 

 

今日は金曜ロードショーで『ラ・ラ・ランド』が放送されるらしい。

良い機会なので、スマホのメモに残っていた、鑑賞直後の覚書をブログに投げておこうと思う。

 

 

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2017年4月

 

 

ララランド観ました。めちゃくちゃ面白かった。

賛否両論との噂を聞いていたラストシーン。
私はむしろ序盤からずっと感じていた違和感の正体がラストで一気にわかって繋がっていく感覚が最高に気持ち良かった。


この話のテーマは「共鳴」だと思う。
ひとつの音楽、ひとつの物語、ひとつの出会い、ひとつの出来事が、人の心を動かす=共鳴が起こる。

ミアの演技、セブのジャズは、最初は共鳴していない。(=人の心に届いていない)

そんな二人が出会う。
クリスマスの夜、セブのピアノに惹かれたミアが店に入って彼を見つける場面。
ミアはセブの音楽に共鳴したけど、セブの方はしていなかった。だから、セブはミアを突き飛ばすように出ていく。

それからのシーン。
ミアとセブは運命的な出会いで距離を縮めているように見えて、中断や衝突も多く(ジャズについての意見の食い違いや、約束を果たせない、キス未遂など)、なかなか共鳴しきれない。たぶん前半で一番共鳴するのはグリフィス天文台

でもその共鳴は「夢追い人」同士としての共鳴だったのではないかと思う。
叶わない夢を追い続ける、そんな部分で二人は響き合った。彼らが恋人同士になったのは、たまたまその共鳴が「恋」という名前になったというだけに思える。

その証拠に、セブがバンドを始めて「夢追い人」としての姿勢が変わると同時に二人の関係は壊れ始める。衝突やすれ違いが増え、お互いがお互いに共鳴できなくなる。

自分の望まぬ音楽で観客を楽しませるセブ。
自分の理想の舞台で観客にけなされるミア。

セブは、ミアの言葉で望まぬ音楽を始めた。
ミアは、セブの薦めで理想の舞台を打った。

その結果は映画の通り。
ミアは故郷に戻り、セブはバンドをやめてしがない流しのピアニストに。

そんなときにミアに舞い込んだチャンス。
夢を諦めかけているミアに、セブは夢を追いかけることを説く。(言わずもがなかもしれないけど、ミアがセブに『あの音楽好き?』と聞く喧嘩のシーンと対になっていると思う)

ミアが語る、セーヌ川に飛び込んだおばの話。
水面に大きく広がる波紋のイメージは、共鳴の世界に飛び込むことを暗示する?
たとえ1ヶ月クシャミをし続けることになっても、何度だって飛び込む。何度だって、人の心を動かすための挑戦を続ける。

オーディション後の公園のシーン。
二人は再び「夢追い人」同士として対峙する。
そして、お互いに夢を追い続ける姿勢を示す。
セブとミア、何かが欠けている一対一で完結していた共鳴が、二人が自立して歩き出したことにより、それぞれ世界に広がって行く。


5年後。
ミアは映画女優になるという夢を叶え、結婚して子供もいる。
そして夫と訪れた店で、ジャズの店を出すという夢を叶えたセブと出会う。

セブは、映画で活躍するミアを知っていた。(ミアが夢を叶えたことを知っていた)
ミアは、ここで初めてセブも自分の夢を叶えていたことを知る。

二人の目が合う。共鳴する。
物語を通して一番大きな共鳴が起こる。

懐かしい曲と共に、共鳴するミアとセブの中にはあるイメージが押し寄せる。
過去に経験したたくさんの「共鳴しなかった出来事」が、「もしも共鳴していたら」。
ミアがセブのピアノに惹かれた瞬間、セブもミアに惹かれる。共鳴する。
何度もあったぶつかり合いがすべてなかったら。不協和音が和音だったら、音楽になっていたら。

もしかしたらあったかもしれないそんな「幸せな未来」のイメージ。
しかしそれは、あくまで「イメージ」でしかなく、曲が終わると共に、二人は現実に引き戻される。

でも、二人の間に生まれた共鳴は、ずっと響き合い続ける。
バーを出る直前、振り向いたミアと、セブの目が合う。
付き合う前は、振り向くタイミングが合わず、お互いに気がつかないままだったのに。

「夢追い人」同士で共鳴していた二人は、「夢を叶えた者」同士として共鳴した、そしてこれからも「夢を追いかけ続ける者」同士として、共鳴し続ける。


ひとつの音楽、ひとつの物語、ひとつの出会い、ひとつの出来事が、人の心を動かす=共鳴が起こる。
その感情にどんな名前をつけるかは個人の自由で、必ずしも「愛」や「恋」である必要もない。
ミアとセブがこの先会うことはきっとないだろうけど、夢を叶えるきっかけになった出来事にお互いが深く関わったのは確かな事実で、大きな絆である。
二人はきっとこれからもずっと共鳴し続ける。

この映画のテーマは「共鳴」だと思う。