エモーショナルの向こう側

思いの丈をぶつけに来ます

劇団た組『貴方なら生き残れるわ』の配信を観て考えたこと

 

劇団た組。第17回目公演『貴方なら生き残れるわ』が、YouTubeで無料配信された。


劇団た組は、普段、まったく公演の映像化や書籍化、音源化などをしない。
だから、あの公演をもう一度観れるなんて思いもしなかった。


私にとって、『貴方なら生き残れるわ』は劇団た組の作品の中でも特別なものだ。
初めて観に行った劇団た組の公演で、めちゃめちゃ刺さって、揺さぶられて、一気に脚本・演出・主宰である加藤拓也さんのファンになった。

ちなみに、その時にぐちゃぐちゃな感情を必死で書き留めたのがこれ。片方ははてな匿名ですが、書いたのは私です。


 

今回は観るの二回目だし、生じゃなくてネット配信だし、もう少し落ち着いて観れるかな~と思っていたけど、実際は初めて観たとき以上にかき乱されてしまった。

ので、改めて感想というか自分語りというかを書いておきたくなった。

 


再生して最初に感じたのは、やっぱりこの芝居は、彩の国さいたま芸術劇場小ホールだからこそだなということだ。

中央のバスケットゴールと、床に引かれたコートのラインは、高校の体育館そのものだ。
客席は、そこをぐるりと囲んで見下ろすような構造になっている。

映像で観ると、客席に座る人々が、本当に体育館やスタジアムで観戦をしているようで、余計に「劇場」というよりも、ここは「体育館」だという気がした。


役者は、四方の出入り口から"体育館"に駆け込んできて、縦横無尽に走り回り、本当にバスケの試合をする。


そこには「正面」とか「センター」とかいう概念はない。
彼らはただただ体育館で部活をしているだけだ。


だから実際の劇場では、どうしても「死角」が生まれる。
男の子たちがわちゃわちゃと集まっていたり、自分の位置からだと背中しか見えなかったり…………それがこの舞台の立体感やリアルさを造り出していたとも思う。


映像では、役者の表情がよく見えて、それはカメラを通すメリットだなと思った。
何人かが次々に話す場面で、実際の劇場だと「今の誰の言葉?」となっていたところがわかったこともだ。


演劇は「今 ここ」で「生」であることに大きな意味があるものだと思う。
そのため、演劇を映像として画面越しに観ると、劇場での経験に比べて情報量がものすごく少なくなってしまう印象だったが、今回の『貴方なら生き残れるわ』に関しては、映像だからこそ新たに得られる情報がたくさんあって面白かった。

それに、「映像だと集中できない」とか「なんとなく鮮度が落ちている」というようなことが全くなかった。
元々の作品が好きで、衝撃的な観劇体験だったからこそ、映像で観ることにためらいもあったのだが、そんな心配は無用だった。

 

 

映像だからこそ、クローズアップされる表情、動き、言葉。

二回目だからこそわかる、伏線。

話の筋がわかっているからこそ響く、展開。

 

 

初めて劇場で観たとき、私は最後の試合のあたりからずっと泣いていた。
今回は映像だし、二回目だし、もう少し落ち着いて観れるかな~と思っていたが、実際は劇場で観たとき以上に泣いてしまった。家だと嗚咽を堪える必要がないから余計かもしれない。

 


この作品は、「松坂の目を通して見た吉住の物語」だと思う。
初めて観たとき、私は吉住・當座・沖先生の3人の物語に没頭していた。それは二回目に観た今もそうで、やっぱり沖先生が部活に来れなくなるところで胸が締め付けられたし、當座がいつも何かを誤魔化すように笑い混じりの話し方をしているのに気がついてどきりとしたし、激昂する吉住の純度の高さに震えた。


とくに當座がやばかった。
吉住と沖先生の方に意識がいきがちだったが、當座の物語も最初からずっと描かれ続けていた。改めて観ると本当に最初からずっと勉強のことを気にしているし、自分に引け目を感じているようだし、それでいて後輩たちとも仲良しだし、そんな姿を見続けてからの「辞める」の破壊力は凄まじかった。

 


その他の部員たちもそれぞれに個性があり、成長があり、"物語"があるが、どうしても吉住・當座・沖先生の物語の陰に隠れてしまう。というか、ストーリーの中で明確に重みがつけてある。でも、だからといってその他の部員それぞれの"物語"が軽んじられているわけでは決してない。

 

私が二回目に観て初めて気がついてはっとしたのは、ヤマピーだ。
ヤマピーは最初の練習試合のとき、積極的に攻めることができないでいた。

「全然仕掛けないじゃん」

そう言ってヤマピーを責めたのは、同級生の友喜だ。

「今日、決めたの俺と吉住さんだけ」
「吉住さん、ずっとイライラしてたじゃん」
「パス出さない、一対一もしない、それならヤマピーじゃなくてよくない?」

ヤマピーだって、自分の不甲斐なさはわかっている。

だから「俺だって自分に何ができるか考えてるよ、パスなのか一対一なのかシュートなのか」と反論する。

でも、「それじゃ勝てない」と一蹴されてしまう。

 


次の練習のゲーム形式で、ヤマピーは「攻めろ!」と言われて吉住相手に仕掛けてオフェンスファールを取られた。
だが、そんなヤマピーを、沖先生も友喜も吉住も「それでいい」と褒める。ヤマピーに押されて転んだ吉住もだ。

「まずは攻めろ。パスとか考えるな」

 

沖先生の言葉は、直前の松坂と野球部仲間とのやり取りとも繋がると思う。

 

《どれくらいのヤツらが将来の野球をやってる自分と今の自分をリンクさせているんだろう》

《将来の自分にとってやりたい事ってなんだったんだろうか》

 

自分は何ができるか。
自分は何をやりたいか。
自分は何のために生きているか。
自分は何になろうとしているのか。

 

最後の試合、IH予選の二回戦で、ヤマピーはオフェンスファールを取られる。
でもそれは、今この瞬間にかけて攻めた結果だから、誰もヤマピーを責めはしない。
ヤマピーにとっては、吉住さんと一緒にバスケができる時間が終わってしまう結果になったけど。

 

IH予選二回戦は、全員の集大成ともいえる試合だった。


松坂は、ずっと練習してきたスリーポイントシュートを決める。


當座は、ルーズボールを必死で追いかけ、ケガをする。でも、それを隠してまで最後までコートに立ち続けようとする。
一回戦の後に「俺の代わりはいる」と言って辞めようとしていた彼がである。


當座の足の異変に気がついた先生とコーチは、続けさせるわけにはいかないと彼を下げようとする。
でも、當座は最後までコートに立ち続けようとする。

「いいから!…………次とかないから……もう、次とか………………今、できればいいから」

 

ケガを隠すのは、部活ではよくある。
指導者の立場からすると、今ここで無理をするよりも将来のために自分の身体を大切にした方がいいと言いたくなってしまう。
でも、彼・彼女たちには「今」しかないのだ。

 

當座は最後までコートに立ち続けようとする。
将来のためとか、進路がどうとか、そんなの関係なく、今ここでみんなでバスケをやるために。

 


あと、数秒で試合が終わる。
点差は1点。
シュートを入れれば明日もまたバスケができて、ダメならこのまま終わり。


吉住がボールを持つ。
みんなが吉住のパスを呼ぶ。

でも、吉住は一人で抜けようとして、抜けなくて、試合は終わる。


吉住の、當座の、沖先生の三年間が終わる。

 

《もっと練習しとけば良かった》

 

 

自分の今が、自分の未来にとってどう影響するかなんて、その時になってみないとわからない。

"今"が"過去"になり、"未来"が"現在"になって初めて、人は後悔をする。

 

体育館行って、適当に部活やって、コンビニによって帰る、そんな当たり前の日常がどれほど大切で得難いものかわかるのも、それが"過去"になってからだ。

 

吉住と當座と沖先生の三年間が終わる。
彼らの"高校のバスケ部での物語"が終わる。


そして、松坂も部活を辞める。

このあたりのことは以前の記事にも書いたけど、でも結局、松坂が辞めてよかったかどうかは誰にもわからなくて、沖先生も言っていたように松坂自身が「その選択をしてよかった」を思えるように生きるしかない。

 

 

 

そういえば、どうして『貴方なら生き残れるわ』というタイトルなのかは、最初から疑問に思っていた。

一年半経って思うのは、結局、この先どうなるかは誰にもわからないということだ。

部活を辞めてよかったのかなんて誰にもわからないし、将来どうしてるのかもわからないし、もしかしたら明日死ぬかもしれないし、もしかしたら今日もわからないうちに未来に重大な影響を与えるような何かを経験しているのかもしれない。

人生は選択の連続で、そんな"わからない"世界を何とか生き抜いていくしかない。

何が正解かはわからないから、「貴方なら生き残れるわ」と誰かに肯定してもらいたいような気もする。

 


今さら隠しても仕方がないから書くけど、私の仕事は高校の教員だ。
学校現場では「生きる力」という言葉が頻繁に用いられる。
先の見えない現代社会を「生きる力」を育むのが、私たちの仕事だ。

でも、結局「生きる力」って何なのか、その力はどうやったらつくのかは、はっきりとはわからない。

だから、それぞれが自分なりの答えを出して、自分の信じたやり方で、何とか目の前の生徒たちがよりよく生きていけるようにと願って仕事をしている。

自分のやっていることが正解かはわからない。
生徒たちの将来にどう繋がっていくかもわからない。

でも、だからこそ、今ここで目の前のことを一生懸命にやるしかないよなと思っている。

 


これは非常に個人的な余談だが、今年から私は演劇部の顧問になった。自分自身はずっと演劇に関わり続けていたが、指導者の立場に立つのは初めてだ。
「顧問」として見る高校演劇はどんなものなんだろうとわくわくしていたのに、新型コロナウイルスの流行で、生徒にすら会えない毎日が続いている。
どんなに長い休暇でも部活まで全くないなんてことは今までになくて、本当に寂しい。

そして当然だが、行く予定だったライブや舞台や野球の試合もすべて延期や中止になってしまった。
部活もない、趣味のイベントもない、で生きる希望を失いそうだ。

 

でも、こんな情勢だからこそ、普段は映像公開などを全くしない劇団た組が、無料で配信に踏み切ってくれた。
しかも、大好きな『貴方なら生き残れるわ』!!!!
ずっと「あの人にもあの人にも観てほしいな~!」と思いながら手段がなくて諦めていた作品なので、これを機にいろいろな人に観てもらいたいと思う。


加藤拓也さんが、「今ここ」の「演劇体験」を大切にする人だから、記録を残さない主義だというのはわかっている。
でも、映像でも劇団た組の演劇体験としての質は全く落ちないし、むしろ「これは生で観たかった!」と思えるような作品ばかりだと思うから、できればどんどん公開や販売をしてほしい。

 


そういえば私が配信を観るときに恐れていたのは、映像を観ることで自分の実際に観た記憶が上書きされてしまうことだったのだが、それも杞憂に終わった。むしろ、当時の記憶が補強されて、よりはっきりした。
ていうか、配信されたのは私が観に行った回だった。「このへんで観てたな~」と客席を眺めていたら自分がいたから間違いない。本当にびっくりしたし、これは神に感謝するしかない。神様ありがとう。

 


そもそも私が『貴方なら生き残れるわ』を観に行ったのは、出演者の鈴木勝大さんのファンだからなのだが、始まってみたら話そのものが面白すぎて、「勝大さんの記憶」は正直あまり残ってなかった。
でも今回、映像で観て思ったのは、やっぱり勝大さんの話してないときの立ち居振舞いが最高すぎるということだ。聞き方とか、話す直前の空気がめちゃめちゃ上手い。
勝大さんの表情アップもたくさんあって嬉しかったです、神様ありがとう。


劇団た組の舞台では、役者さんの自然な姿とか今までにない演技がたくさん観れるし、いつも「この人にしかできない!」って役をあててる感じがして、楽しい。

 


劇団た組の舞台はやっぱりめちゃめちゃ良いことを再確認したから、次も絶対観に行きたい。


まとまらないので終わります。

 

 


劇団た組
「貴方なら生き残れるわ」記録映像
https://youtu.be/7QHhaiufY1s